かつてのヘビー級ボクサーの巨星モハメッド・アリ氏亡くなる! 1976年の格闘技世界決定戦のアントニオ猪木氏は何か語るか?

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世相 雑談

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懐かしい響きのある名前を
聞いたと思ったら

モハメッド・アリ氏、亡くなったとのこと。

まさに、巨星落ちる!・・逝く!という感じ。

40年ほど前のジョージフォアマンとの試合
また、アントニオ猪木氏との格闘技世界決定戦を
思い出します。

項 目

1 モハメッド・アリ氏の死去
2 格闘技世界決定戦は印象深い

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モハメッド・アリ氏の死去

74歳で死去。
元気な姿と放言癖がある印象しかないので

いささか信じがたくもありますが
年月の流れをあらためて感じます。

確か、「モハメッド・アリ」はイスラム教に改宗後の名前。

その前は、カシアス・クレイ。
ボクシングの試合の時は
どちらも、報道にて使われていたようです。

ヘビー級王者ジョージフォアマン氏と対戦したのが
1974年の暮れに近いころ。

その時、奇跡という言葉が多かったと思いますが
結論を言えばモハメッド・アリ氏の勝ち。

世界王者へ返り咲きだったのです。

結構、この試合には日ごろボクシングを知らない人でも
テレビに釘付けになっていた!

まだ、白黒テレビもあったころ。
ずいぶん古い時代。

モハメッド・アリ氏の母国の米国社会は
当時、旧ソ連、中国の支援を受けていた

ベトナムに押されていた
インドシナからの
米軍の進退に悩んでいたころでもあります。

ベトナム反戦の動きも盛ん。

そして1975年に
南ベトナムのグエンバンチュー政権崩壊
戦争終結、米軍撤退へ。

ということで
ベトナムまで触れましたが

このモハメッド・アリ氏は
ベトナムにも少なからず関わりがあるのです。

当時の米国は徴兵制・・
これを拒否
ベトナムで戦うことを拒んだという経歴を持つ。

その結果
最初のヘビー級王座をリングで
試合をすることなく喪失ということもあり。

そうした背景の中での
ジョージフォアマンとの対戦

・・王者復活ですから
ずいぶんと話題となることに。

1976年には
その放言癖から、アントニオ猪木氏と

「異種格闘技」の格闘技世界決定戦が行われ
結果はドロー、引き分け

この対戦試合の結果は、試合時に関わらず
長く、場内、場外を問わず
ブーイング(話題)の嵐が続いた!

ともかくも
1970年代の中ごろは

モハメッド・アリと言えば知らない人は
ほとんどいないくらい知名度の高さが
印象的。

それだけに

後半生は、少なくとも日本では
それほどクローズアップされることはなく
残念です。

ただ
アトランタオリンピックの際

その開会式において
聖火の点火を行ったことは
知られているようです。

格闘技世界決定戦は印象深い

先ほども触れましたが
1976年の「異種格闘技」同士の対戦

ボクシングとプロレスの戦いですが
これは双方のルールを

そのままオープンに
取り入れるというものではなく

どこか双方ガチンコでやると
どちらが勝ってもダメージが大きいと
考えたのかどうかわかりませんが

双方の得意手を禁じたような形のルールを
定めていたようです。

どちらかと言えば
モハメッド・アリ氏に有利?

当時、よく言われていたものの中には
双方組んではいけない!
頭部への攻撃はいけない!

というものがあったかと・・。

結果
モハメッド・アリ氏は立った状態で

アントニオ猪木氏は
最大限に使える足を武器に
リングマットに接する、寝転ぶような態勢。

結局
攻守の動きにメリハリがあるものはなく
引き分けです。

先ほどの通り、ブーイングの嵐ということに。

それでも、アントニオ猪木氏は
得意の・・使える技ということで
足蹴りを連発・・これが有名な(今はどうか?)

 アリキック

これによって
対戦後、モハメッド・アリ氏は

足を痛めていた!
・・とスポーツ紙に書かれていましたけど。

「今は昔」になってしまいました。

当時よく言葉にされた

 蝶のように舞い、蜂のように刺す

こうしたリングでの戦いの光景しか
頭に浮かびませんが

アントニオ猪木氏は何か語るでしょうか・・。

また
聖火点灯はじめ、社会的な活動を後半生では
行っていたという話もあり

社会貢献にも力を尽くしていた!
なおのこと
ご冥福をお祈りするものです。

(オワリ)

世相 雑談

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