国歌斉唱時に起立しない教師は、やっぱ生徒によい感化は与えないよ! 敗訴はよかった!

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ラビカリです。

今回は人によって受け止め方は
様々と思われますが

でも日本人として
譲れない一線にかかわる話と思いますので
少々、辛口で迫りたいと思います。

で、お題目はこちら。

国歌斉唱時に起立しない教師は、やっぱ生徒によい感化は与えないよ! 敗訴はよかった!

です。

産経ニュースのツイッターから知ったのです。

そして、連なる記事を見てのこと。

いくら学校の先生、教える立場だからと言って
自らが信じる教条、信条のみで生徒に接するのは
僭越と思うのです。

つまり、生徒に好き放題の思いを与えて
影響をもたらしてよいものではない!
ということ。

そこは肝要でしょう。

実学の分野、道徳ならいざ知らず。
思想は植え付けなくてもよいのです。

また、学校組織の方針、指導に従えない方が
教師となり生徒を指導することはおこがましい!
と言えるでしょう。

そもそも
第一に国歌とは国民のアイデンティテイ!
・・にかかわるもの。
と思うのです。

この部分は幼い時から
国民としての同質性、帰巣性
とも言うべき感覚の醸成に不可欠なところかと。

ですからね。
その部分が欠落すると、たとえば・・ですよ。
ゆえもなく、外国人からネガティブな対応を
受けたりとか・・あるのではないでしょうか。

要するになめられる!侮られる!

国民としての一体感が欠落、団結力がない!
そんな見なしにつながるのではないでしょうか。

その結果、不利益を被るのではないか
ということ。

国歌を軽んじる教師の存在によって
少なからず影響を受けた者を含め日本人の多くが
ストレートに、余波としてつまらぬ思いに至る!
そのように考えるのです。

と、当該教師が行った行為に対しては
このように捉える次第ですね。

また
とても違和感ある点は、当該教師の方々の考え方
・・。

もし、日本の国歌が気に入らないなら
どこの国の国歌ならよいのでしょう。

不思議ですよね。
それとも国歌そのものがお嫌いなんでしょうか?

であれば
生徒に自らの考え方を押し付けるような動きは
しないで欲しいですよね。

と思うわけです。

しかし、今回の件
ものごとの本質、基本はここでしょう。

規範、定められたことを守る!
ということ。

これをしない、できないことが、一番の問題点
ですよね。

続いて
自分勝手な自らの信条で行動した結果について
話を持つと

そもそも、自らの誤った行為に対して
処分が行われたことで

気に入らん!

と訴訟行為に移ることが僭越でしょう。

傲慢にしか見えませんよね。
処分取り消しと賠償を求めたこと。

基本、自らの起こした行為による反応は
承知していたのではないでしょうか。
どうなるか・・。

予測できなかったら、よほどの無知蒙昧と
言わざるを得ません。

府の国旗国歌条例や学校長の職務命令に基づき教職員には起立斉唱の順守が求められている(同記事から引用)

組織の指導に逆らったわけですからね。

言いたいことは、先に何があるか見えての
行動、行為だったのではないか。
ということ。

問題ある行為との認識はあったはずだ!
と。

そうしたことから、最高裁の判断は
素直に受け止めることができると思うのです。

ということで
今回はここまでとなります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。

(オワリです。)

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