外国人客が多いから、日本人「そうだ、京都を離れよう」って感覚の生起?

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ラビカリです。

今回は「作用と反作用の関係かな?」
と思うことから。

外国人客が多いから「そうだ、京都を離れよう」って感覚の生起?

・・を考えてみます。

最近と言いましょうか
ここ数年、京都を訪れる日本人の数が
減少している!
との話を聞いていたところへ

報道にもとうとう、登場しましたからね。
最近のヤフー記事にもありましたよ。

ですからね。
たぶん、ほぼ、間違いないくらい
かつてに比べると落ち込んでいるのでしょう。

と、妙に確信する次第なんです。

そして
その要因は、どうも外国人が増えたから
というものらしく

ですが
単に外国人が増えたからだけではなく
日本、日本人との習慣、感覚と彼ら自身が持つ
それとの違いも見過ごせないほどあるから
かもしれません?

結構、京都のホテルに限らず
日本で宿泊している外国人の中には
わかってやっているのかどうか不明な部分も
ありますけど

ホテルのゴミ箱に唾を吐いたり
触れてはいけないものに手を出してみたりと
(これは僕が見た実の話ですよ。)

まあ、普通、日本人でも、よほどのワル
でもなければ
「しないな」
と思われることを行ってくれる外国人もいます
からね。

運よく?
いや、運悪く、そうした外国人と遭遇すると
「マナー悪いな」
と敬遠する感覚が芽生えてくるのでしょう。

厄介なことは、その思いを
単純に外国人に向けるだけではなく
外国人の訪問先の土地に向けてしまう点。

それが、今回取り上げた
「京都へ行くのを止めよう」
「京都を離れよう」
とした日本人の流れを生んでいる!

変な表現ですが、一助となっている
と思うのです。

今、マナーの点で触れましたが
それでも、数が少なければ
看過できるかもしれません。

が、やはり、気になるところは
来訪外国人の数、その多さにあるかと

そこで、再度持ち上げるのはこちらの点。
作用と反作用の組み合わせの一つかもしれない
ということ。

だって、パイは一つなんですよ。
京都という受け皿にもともと日本人客で
満たそうとしていたところへ

外国人客を誘引すれば

当然、その数の大きさによって
日本人の来訪規模はともかくも
日本人客が押し出される!
そんな事態の生起も予測できるでしょう。

物理的な地積の関係もさることながら
京都の街自体が外国人仕様に向かうでしょうし
ほかに宿泊する場所も高価な水準となる
傾向が生まれてもおかしくはないかと。

ですから
京都の方で外国人客の来訪を期待していた方は
分かっていたのではないでしょうか。

はじめから、将来、日本人客が遠のくであろう
ということを・・。

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繰り返しながら、作用と反作用ですから。

それに人は自らと異質なものを受け入れる
・・許容はあるとしても、限度もあるでしょう。

大多数となると、違和感だけが大きくなり
不安を覚えるのではないでしょうか。

まさに、今、京都はそんな感覚の飽和状態を
迎えたように思うのですが、どうでしょう。

ただし、誤解なきように・・
外国人が来たら、ダメとか言うことではなく

何ごとも、ほどほどのところを知る!

この感覚で来訪者を迎え入れないと抵抗感が
周囲に広がる!

これを受け入れる側は心に刻む必要もある
・・かな、なんてね。
そんな気がするわけです。

ということで
今回、以前から耳に入れていた外国来訪者の話と

報道で見られた
「京都、日本人客、敬遠か」
との趣旨記事から思い浮かぶ・・でした。

今回はここまでとなります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
失礼します。

(オワリ)

世相 雑談

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