6年経ってもこの日の14:46【東北地方太平洋沖地震】は覚えている! 夜は職場で泊まった!

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世相 雑談

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こんにちは。
今回も徒然に思うことです。
3月11日に関して。

今年もまたこの日が来ました。
ちょうど 6年前のこと。
平成21年の東北地方太平洋沖地震です。

M9、震度7(後から出された数値です。)

発生した時刻は14:46頃。
関東でも大揺れに揺れました。

あの日は金曜日、今日でまずは1週間の仕事
も終わって、ゆっくり帰るかなと思っていた
矢先に激しい揺れがきたのです。

近くにいた女性がですね。
大きな声で叫ぶと同時に建物の廊下でへたり
込んでしまったのを今でも覚えています。

建物が揺らぐことはこういうことなのか。
と自らに問いかかけるほどのものがありまし
たから。

その後、電車はとまっていましたね。
帰りはどうするかな?などということが頭に
浮かんだと思いますけど。

でも、職場ですから、そんな個人的な思いは
後回しですよね。
まずは周辺の状態を見回した覚えがあります。

・火事が発生していないか。
・けが人がいないか。
・建物に損壊したところがないか。
・電気はきているか。
・ガスのニオイはしていないか。
・水は出るか。
・職場の電話、公衆電話は使えるか。
・近くで助けを求めている人がいないか。
・人はどこにいるのか。(外に出た人の安否)
・家族の安否はどうか

他にも五月雨的に気が付き次第ですね。
問いあわせをかけた!
全体の異状をつかもうとした覚えがあります。

そのようなやり取りをしている間にテレビの
画面に映った光景に唖然とするのです。

多くの人は同じ思いだったでしょう。

東北が震源に近いことは発生してから承知し
つつあったと思うのですが、あの『津波』に
は驚愕でしょう。

特に映像を通じてとはいえ、港近くを走る車
の群れはどうなったのだろう。
と怖さを感じましたね。

その後はあえてここで言葉にしなくても多く
の人が承知するところでしょう。

ただ、こうしたできごとはですね。
反芻して記憶に留め、後世に伝え備えの必要
性を語っていた方がよいと思いますけど。

もちろん、思い出すだけでもイヤという人も
いますからね。
ケースバイケースでしょうか。

で、この日はですね。
結局帰る足がなくなったことから職場で数人
と泊まり込んだのです。

結構寒かったですね。
何度か停電も起きましたから。

さらにその後ですね。
福島の原子力発電所云々が騒がれ、その影響
もあって計画停電などもありましたし、ガソ
リンスタンドに並んだこととかですね。

今でもさっと思い起こせるほどの強烈なもの
であったことは間違いないでしょう。

さらに、その後の数か月間には苛立つ菅直人
首相の姿がクローズアップ。
別名「イラカン」などと揶揄されたり、あれ
だけ世間が冷たく片隅に追いやろうとしてい
た自衛隊と米軍が、実は大いに被災者はじめ
人々に安心感を与える存在である!

そのことに気づいたりする副産物もあった!
そのようなできごととも言えるでしょう。

ともかく、この日は忘れることはできません。
また、忘れても行けないのでしょう。

今回も徒然ながらそのように思うのです。

東北地方 地震

奄美群島を巡った際に見た気仙沼から来た
ボート。2012年の5月に流れ着いた!
とあります。

(オワリ)

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