長谷の『おさらぎ』様?・・鎌倉の大仏様(高徳院)・・2016年1月13日から大掛かりな修理で身奇麗に!

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世相 雑談

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今回は鎌倉で修理される大仏さんについて
徒然に思うのです。

項 目

1 おさらぎさん!
2 『阿弥陀如来』様

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おさらぎさん!

おさらぎ さん!
鎌倉でこれを漢字で書くと 大仏 さんですね。

長谷の今の高徳院にある大きな大仏様
あの地はかつて「長谷のおさらぎ」
と呼ばれたところ。

そのため、鎌倉時代に大仏様がかの地に
作られた以降は

大仏 = おさらぎ

となったとあります。

小説家の大仏(佛)次郎さんも、大仏様の
裏手付近に住んでいたことから、ご自身の
ペンネームを「大仏(おさらぎ)」へ。

ところで、鎌倉市長谷 高徳院の大仏様。

お釈迦様の尊称の1つ『阿弥陀如来』様に
あたるわけですが、2016年の1月から大規模
修理に向かわれるとのこと。

その期間は1月13日から3月10日までとあり
ほぼ2ヶ月ほど拝観できないとのこと。

そもそもこのような大きな修理に至る理由は
いくつかあるものの、やはり奈良の大仏様と
違い、屋根がある建物の中に納まっていない
ことが大きい様子。

要は、塩害、鳥糞害等から金属表面に腐食が
目立ってきたことに始まるのでしょう。

『阿弥陀如来』様

いささか話は飛びますが、『阿弥陀如来』様。
実はより格式高い表現を持っているのです。

その名も『銅造阿弥陀如来坐像』です。

つまり、銅像。

そのため、どうしても金属の腐食という影響は
避けられない様子。

そして、屋根つき建物の話はどうだったのか?
・・と、よく聞きます。

そこで、在地の詳しい歴史先生の話を聞くと
こういう感じ!?

最初にできた『阿弥陀如来』様は「木造」作り。

それを納める建屋も、鎌倉末期から南北朝時代に
かけてはあった・・と。

史実に正確かどうかは横に置くとしながらも
過去の資料、読み物にはこのように表されている!
とのこと。

例えば、『吾妻鏡』『東関紀行』との言。

こちらはTwitterにて見たつぶやきの画像。
きれいです。

ですが、建立・造営後は台風等の風雨による
被害、津波の影響等で消失、室町時代以後は
今のように露座するような形へ。

という歴史をお持ちの鎌倉の大仏様ですが
『阿弥陀如来』様でもあり、お顔はとても
柔和な印象です。

ともかくも、年が明け10日間ほどで正面の
ご尊顔を拝することは適わない様子。

関心をお持ちの方は早めの行動がいいかも
しれません。

今回も徒然に思うのです。

(オワリ)

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