北朝鮮は怖い・・ロボトミーなのか? 解放の米学生は脳に損傷があるらしい! ボツリヌス菌から生体実験がつい浮かぶ?

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世相 雑談

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北朝鮮は怖い!ロボトミー?

今回は、もしや『ロボトミー(lobotomy)』なの?
・・と思うこと。

北朝鮮で拘束されていたところ。
先ごろ解放となった米国人の学生さんのことです。

北朝鮮 米学生

よかった!と思ったら、解放時の状態は昏睡とあります。

それもただ、眠りについているだけでなく、脳に大きな損傷を持っているとあるのです。
拘束自体も大事件ですが、より緊張感を大きく持つものに発展しますよね。

ですが、その部分に関して、日本の報道はあまり積極的な姿勢は見られません。

ところで、報道・メディアから流れるものに治療を担うオハイオ州シンシナティの病院医師が会見を開いたものがありました。

学生のオットーワームビア氏は脳に大きな損傷を受けている!

さらにこのように続くのです。

目は開くが反応なし!

と、その容体を説明しているのです。

こうした内容に接すると、常人の感覚であれば。
当然、「北朝鮮で何が行われていたのか?」とビットが立つのは自然でしょう。

そもそも、昏睡症状へ至る原因で北朝鮮はボツリヌス菌の毒素中毒と主張していたのです。
しかも「このため睡眠薬を服用した結果でこうなった」とされるのです。

素人から見ても、なんともちぐはぐなわけのわからない説明に映ります。
「中毒で睡眠薬なのか?」とね。

ともかく、米国シンシナティの病院の医師は違った見方をしているとあります。

ボツリヌス菌の中毒症状は見られない

・・とあって、北朝鮮に対し疑惑は高まります。

さらに医師の見立ては続きます。
『脳のあらゆる部分で組織が大きく損傷』

これは呼吸停止で脳へ、酸素が行き渡らなかった症状と符合するともあります。

いったい、この学生は北朝鮮でどんなひどい目にあわされたのか?
そう捉えることはおかしくないでしょう。

ただ、殴ったりした痕、頭蓋骨損傷はなかった!とあります。
ですから、余計に謎を呼びこむのです。

それにしても、北朝鮮で拘束されること。
それだけでも怖ろしいのに。
脳に損傷を負わされる!・・とはですね。

まるで脳外科の前頭葉部分を切り取る手術!
『ロボトミー(lobotomy)』を彷彿させる扱いに見えてきます。

北朝鮮 米学生

ただ、外科的処置はないとありますからね。
仮にそれを上回るとして思いつくものは生物兵器実験にさらされたのではないか。
・・と、憶測は広がりますけど。

今や、北朝鮮は世界三番目の化学兵器保有国と言われるのです。
生物兵器も十分生産し保有しているかもしれません。
想像に難くないでしょう。

ですから、その実験体に扱われたのではないか?
そちらに、頭のビットが立つのです。

話は飛躍しましたが、もし、金正恩委員長に生物兵器を自由に扱える力が備わっていれば。
今回の米国人の学生さんの件から、日本も決して安全とは言えないでしょう。

今、怖さを感じますね。

折しも中国では日本人が12人も拘束されているのです。
これも、もしかすると?
と嫌なことが頭をもたげてきます。

中国と北朝鮮は同じ同盟国です。
似たことをしていると考えても、罰当たりではないでしょう。

もちろん、憶測です。
そして、これが杞憂に終わればよいのです。

でも、デニス・ロッドマン氏は何度も北朝鮮へ。
無事なんですよね。
これは不思議!
いくら金正恩委員長とお友達でも・・ね。

話はぐるぐる回りましたが、それだけ様々なことを考えさせる事件でしょう。

今回もこのように思うのです。

(オワリ)

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