「俺の人生何なんだ」から・・「引きこもりでも、いいじゃないか」と個人的には思うけど!

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ラビカリです。

今回は「引きこもりかあ」
と頭を揺らせながらも

でも、暴力を振るわなければ
「別にいいのでは」
と思うこと。

ということで
この事件から触発されて、言葉を起こしてみます。

農林水産省の元事務次官の76歳の父親が
44歳の長男を刺して
殺害、逮捕された事件のこと。

正直「悲しい」できごとと捉えると同時に
この長男がせめて暴力を常態としなければ
別に世間体にとらわれず
自由にさせてもらえたのではないか
と思ったりもするのです。

と言っても、40歳を超えて
両親と同居を再びはじめたとある中

当初はおとなしく
その後、両親が口うるさくなったため
今回の悲劇につながったものではない様子。

同居したはじめから
何が起こるかわからない懸念を内蔵した
状態であったわけで

同居後の両親からの影響は少なかった
と見てよいのでしょう。

それよりも、もっとそれ以前
幼少期の親との接点が「どうであったのか?」
そこが肝要かもしれません。

それは、逮捕された父親の過去歴・・
農林水産省の元事務次官であったことから
思い至るのです。

官僚としては成功者の一人でしょうから。
身辺にホコリを立てない注意力は強かったかと

おそらく、憶測で言葉を並べますが
ある程度は、父親も母親も
世間体の意識は結構強かったタイプで
あったのかもしれません。

そこで、そのような姿勢のある教育を
殺害された長男が受けたとすれば

つまり
『波風立てない世界をよし』とする教育を
仮に幼少期、10代、20代も含め
受けて来たのであれば

40代になった際には
『俺の人生何なんだ』
との表現が生まれても、詮無きこと。

しようがないのかもしれません。

ある意味、ひ弱に育った!
とも言えるでしょう。

ただ、この『世間体を気にした』は
濃淡の差はあっても、どの家庭でもあるでしょう。

特に
元事務次官の家庭に限ったものではない
と察します。

ともあれ
今回の件は、あくまでも僕が見る限り
定められた然るべき軌道から
脱線した感じを持つ人が
自分自身をコントロールできなくなった末の結果
と映るのです。

だから
『引きこもり』などという言葉も廃して
仮に軌道、レールから外れても
「まあ、いいじゃん」

引きこもりでもいいじゃないか

といった世界観が広がれば

『俺の人生何なんだ』

なんて感覚の発生が小さくなるのでは
と思うのですが、いかがでしょう。

今回はここまでとなります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
失礼します。

(オワリ)

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