82歳のご年齢の天皇陛下 54年ぶりのフィリピンご訪問 フィリピンの人達の歓迎が嬉しく思える!

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世相 雑談

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天皇陛下の外国ご訪問のこと。
今回も徒然にて思うのです。

54年ぶりのフィリピンご訪問!

昨日(26日)から頻繁に伝わる
天皇陛下のフィリピン御訪問の話題。

これについて少々言葉を並べてみます。

報道から見える天皇陛下の

お言葉

何とも表現しがたい
とても清らかなものに思えます。

巷で騒がれる
「自称リベラル」「共産主義」の人には
天皇陛下の存在は異なるものに
見えるかもしれません。

日本のリベラルは米国のそれとは
似ても似つかないようです。
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それはそれとして
距離を開けておくにしても

その「お言葉」が持つ
とても温かく慈愛に満ちたものは
揺らぐことがないでしょう。

その「お言葉」の一部がこれです。

フィリピンでは
先の戦争において
フィリピン人、米国人、日本人の
多くの命が失われました。

中でも
マニラの市街戦においては
膨大な数に及ぶ無辜の
フィリピン市民が犠牲になりました。

私どもはこのことを常に心に置き
この度の訪問を果たしていきたい
と思っています。

旅の終わりには
ルソン島東部のカリラヤの地で
フィリピン各地で戦没した
私どもの同胞の霊を弔う碑に詣でます



かつての話として
先の大戦においては
我が子を亡くした母親が

 死んだのは
 天皇陛下の赤子ではない
 うちの子だ!

との言葉も数多くあったと聞きます。

日本においても
このようにあるのですから
他国においても何らかの形で

日本に向けたものがあっても
おかしくない。

それを踏まえての
「お言葉」であるのかもしれません。

それは昭和天皇陛下の
御世のこととはいえ
なかなか難しい思いを
抱えておられるのでしょう。

しかしながら
この「お言葉」から
天皇陛下の存在がより尊く
感じられるのです。


ところで
両陛下のフィリピン訪問は
1962年年(皇太子時代)以来。

まさに54年ぶりとのこと。

また
フィリピン政府の歓迎式典は
厳かな雰囲気の中で進行。

天皇陛下は
マラカニアン宮殿にて
ベニグノ・アキノ大統領と
握手をされたともあります。

国賓として
迎えられているのでしょうから
当然かもしれません。

ですが
元首相当で遇される存在
このことをあらためて知る!

その大きさが伝わるようです。

続いて
フィリピン人戦没者の慰霊があります。

無名戦士の墓に供花

さらに
夜はアキノ大統領主催の
晩餐会に臨まれるとのこと。

マニラ戦

1945年2月3日から同年3月3日
マニラにおける日米軍の市街戦

日本軍は敗退し
日本のフィリピン支配は3年のみ。

戦いの死者等

 日本軍  約12000人
 アメリカ軍  1020人
 フィリピン人  約10万人

(ウイキペデイア等参照)

史実については謙虚に受け止め
友好を伴った発展を願いたいもの。


一方、国内の報道の中には
このご訪問に際し何かと
慰安婦の話を持ち出すものもあり
なぜ今それなのか?

という疑問もアリ。
このあたり不思議です。

こうしたものもありますが
多くの人はフィリピンご訪問を
快く受けとめている様子。

Twitterで見つけたものをここに。

また
天皇陛下の54年ぶりの
フィリピンご訪問に際し
フィリピンの人達の歓迎があること。

こうした事実を知ると
今回の天皇陛下のフィリピンご訪問!

陛下のお心の温かさを知る「お言葉」と
フィリピンの人たちの歓迎を見て
ますます良かった・・と。

徒然ながらも思うのです。

(オワリ)

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