真田丸、ドラマは「関ケ原の戦い」に向かう? 石田三成の重臣 島左近の登場は?

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ラビカリです。

今回は、こちら。
島左近はどうなの?

と、真田丸「第25回」に関して、少々思うこと。

はじめに、この回では「お捨て」君が夭折。
ドラマの進行速度はますます加速化へ進む様子。

この時代・・
1590年代も朝鮮征伐、朝鮮出兵の時期となると
石田三成の立ち位置も
政権中心部へますます入り込んでいく頃でしょう。

その中で三成の軍師であり
参謀長のような島左近の存在が気になりますが
どうでしょうか。

ただ、このドラマ、どのように扱わうのか
そこは未知数なのです。
名が出てきません、ちょっと気にはなるところ。

項 目
1 島左近はいつ登場?
2 かつての大河ドラマで見た左近

真田丸 島左近

島左近はいつ登場?

ということで、のっけから
「いつ出てくるんだ?」
と門を叩くようなはじまりとなりましたが

いつの時点でドラマでは登場するのでしょう?

第25回が表す時代であれば
島左近は三成の家臣になっていると
十分見なしてもよいと思うのですが。

でも、登場しません。

基本、三谷幸喜さんの胸先三寸でしょうから
何事も待つしかない?

そこで、はやる気持ちを抑えきれず
いささか先走りつつ、思うものを広げるつもりで
島左近に触れてみます。

こんな感じの人物像を持っているようです。

いくつかの歴史の本を紐解くと
「三顧の礼をもって召し抱えた側近中の側近」
として、知られる存在。
破格の処遇で高禄の石高で迎えられる!

とあるのです。
ただものではないことは、よくわかります。

続いて、よく目に入る説明はこちら。

『治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり』
『島の左近と佐和山の城』

ともかく、凄腕の部下であった。
それは間違いないでしょう。

また、本来の名前はこのとおり。

島清興(しまきよおき)

多くの本を見る限り
こちらで表されることが多い感じ。

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かつての大河ドラマで見た左近

ところで、かつての大河ドラマで見た島左近。
これをたどると
ずいぶん前になりますが
「葵 徳川三代」が思い浮かびます。

この大河ドラマは
初っ端から関ケ原の戦いでした。

そこでは、夏八木勲さんが島左近を演じていました。
武人、その印象を強く与えてくれるもの
・・でしたね。

そして、石田三成は江守徹さん。
少々、言葉を加えると
この三成はかなり理屈っぽく!
ぐちっぽい御仁だった!
と思います。

島左近が時折諫めるところも
「愚痴はやめなされ」
・・と。

とにかく
夏八木勲さんが演じていましたので
かなり男気に溢れる左近が表れていました。
印象に残ります。

ドラマの中では、三成軍の自陣で奮戦し
最後は銃弾を受けて戦死!
壮絶な最期を遂げるのです。

そのためか
このドラマでは三成より左近がカッコよかった!

それもあって、以後の豊臣期のドラマを見ると
つい、探してしまうのです。

ということで
話は「真田丸」から離れましたが
でも登場するなら
どのような人物像で描かれるのか。

歴史好きにはちょっと思いが
膨張傾向へ進む話題を取り上げてみました。

今回はここまでとなります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
失礼します。

(オワリ)

世相 雑談

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