「真田丸」第24回にて北条滅亡の10年後は「関ケ原の戦い」とナレーション・・この間の合従連衡の描き・・興味のあるところ!

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世相 雑談

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今回も出すね。
「真田丸」で歴史の世界を歩いてみます。
関心を覚えるところがありました。

ここ、第24回終盤のナレーションで「関ケ原の戦い」
まで、あと10年の語りがあるのです。
それでは、ちょいとドラマでの「関ケ原の戦い」を
ですね。
先読みしてみます。

項 目

1 関ケ原の戦い
2 真田昌幸、信幸、信繁はどうする?

真田丸 関ケ原の戦い

関ケ原の戦い

おそらくは、今までもメイキングがかなりあったと
思いますけど。
きっと、三谷幸喜さん風のオリジナルとして。
「関ヶ原の戦い」この部分も描かれるのでしょう。

追記 2017.3.3
極めて淡泊、5分ほどでした!
と思います。

今までの見方とやや違ったものが表れたりですね。
また、消えたりして、と思いますけど。

そこで、この人物・武将から口火を切ることに。
秀吉の実弟の秀長です。
ドラマの中でしっかり登場しています。

この「関ケ原の戦い」の遠因というか。
はじまりは秀長の死(1591年)が一つの節目と見る
こともできるでしょう。

つまり、三成らの行動を押し留められる人物がいな
くなるのです。

ゆえに、これから秀長にどのように光を当てるのか。
(あてないかもしれませんが。)
そして、そのあとから。
「文禄・慶長の役」の朝鮮出兵を経て、豊臣恩顧の
大名衆をどのように描くのか?

このあたり、僕的にはちょっと期待しています。

と、云々かんぬんと触れましたが、この豊臣秀長が
調整役というか、スタビライザーのような人物で。
ドラマの中でも表されていましたけど。
とにかく、秀吉にものを言える数少ない近習の一人
の様子。

繰り返しのようになりますが、秀吉による全国統一
を進めるために急激に膨れ上がる武士官僚団の潤滑
油的な存在として、武断派、そして文治派を上手く
さばいていたのでしょう。

ドラマではですね。
石田三成がほぼ仕切っているように見える政務かつ
軍事も。

実は、秀長あっての部分も多かったかもしれません
から・・ね。

たとえば、金銭、経済的な話はいくつかの歴史関連
では、秀吉よりも秀長の方が長けていた!
と評するものがあるぐらいです。

ともかくも、この秀長が没したアト。
「文禄・慶長の役」の朝鮮出兵でワリを食った者と
そうでない者が生じバランスがとれなくなっていく
のでしょう。

しかも、現場の戦(いくさ)場では武断派が傷つき
文治派が傷を負うことなく遠方から戦争指導をした
形になります。
(三成は朝鮮出兵総奉行で出征したともありますが。)

となると、武断派が文治派を恨むような構図が生ま
れてもおかしくはないでしょう。

その頃には秀吉も没しますし、当然、秀長はなく!
石田三成はじめの奉行衆と言えども、五大老の力。
統制力は持ちませんからね。
アンコントロールな状態と想像するわけです。

そして、その構図が 1600年「関ケ原の戦い」の際
の東軍、西軍の区分になった。

そして、何の因果か、豊臣恩顧の武将間の合戦の形
となり、それを利用したのが徳川家康ということで
しょう。

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《東軍、西軍の主な武将》

東軍 西軍 豊臣恩顧

※ 「関ケ原の戦い」に関与武将:赤字

徳川家康 毛利輝元
前田利長 上杉景勝
伊達政宗 佐竹義宣
加藤清正 石田三成
福島正則 小西行長
浅野幸長 増田長盛
黒田長政 大谷吉継
池田輝政 長束正家
細川忠興 島津義弘
藤堂高虎 宇喜多秀家
最上義光 長宗我部盛親
山内一豊 安国寺恵瓊
本田忠勝 小早川秀秋 ○寝返り
井伊直政 吉川広家
松平忠吉 毛利秀元
京極高知 真田昌幸

豊臣恩顧と言っても濃淡の差はあるでしょう。
ですから、基本、武将の生い立ち等を見て。
ザクッとした感じで、○を付しました。

小早川秀秋は豊臣(羽柴)との関わりがありながら
東軍に寝返ったことでは有名な人物・武将。

ともかく、表現はともかくです。
一番得をしたのは徳川家康と言えるでしょう。

1603年には幕府を開くことにつながるのですから。
そして、豊臣方は東西に分かれつぶしあうのです。

ちょっと話は逸れますが、その点を考えると。
「関ケ原の戦い」とは意地を張り合ってですね。
第 3者においしいところを持っていかれた!

そのような戦と言えるのかもしれません。

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真田昌幸、信幸、信繁はどうする?

ところで、ドラマの主体である真田昌幸はじめ真田
の一族は苦悩したでしょう。
昌幸はいったん横におきます。
まず、信幸は徳川家康の養女、実態は本田忠勝の娘
を妻として迎えています。

また、信繁は大谷吉継の娘を同様に妻として。
こうなると、兄弟が東西に分かれざるを得ない。
これは必然でしょう。

また、東西どちらが勝っても真田氏を滅ぼさない!
それも当然、考えるでしょう。

まるで平安時代の「保元の乱」の際、源氏と平氏が
親子兄弟に分かれ、戦(いくさ)の帰趨に関わらず
家督の継承が困難にならないように臨んだのと似て
います。

まさに、生き残るための方策だったのでしょう。

父である昌幸は信繁とともに豊臣方についています。
が、これは想像ながらも徳川家康に付き従うことに
抵抗を感じたのかもしれないですね。

何と言っても武藤喜兵衛ですから。
ただ、昌幸と信繁は第 2次上田合戦では守りの側と
して、信幸(信之)は徳川秀忠に属し攻め方に加わ
るわけです。

この時に決定的な同族相食むような状態にならずに
終えたのは昌幸がそれ相応の知恵者であった!
とも思いますが。

ドラマではこのあたりを深く見せてくれそうな気が
しますが。
どうでしょう。
(気がするだけで終わるかもしれません・・けど。)

ともあれ、今後のドラマ展開が楽しみです。

ということで、今回も徒然にこのように思うのです。
では。

(オワリ)

世相 雑談

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