『真田丸』第14回は信幸の「大名でもない父上」と信繁の石川数正をなだめるホームドラマ調の勢いか?

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世相 雑談

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こんにちは、今回はですね。
『真田丸』の滑稽に見えた場面からナントカカン
トカと言葉を並べてみます。

対象は第14回です。
これは限りなくホームドラマ調に見えましたけど。
どうでしょう・・ね。

項 目

1 コミカルにホームドラマ調(?)
2 石川数正は不思議な人物

真田丸 石川数正

コミカルにホームドラマ調(?)

面白いと言えば、とにかく面白いのです。

ですが、いささかコミカルすぎるというか。
ホームドラマのような感じもします。

一つは秀吉から真田氏に対し上洛の要求を受けた
際の詮議の有り様。

真田信幸が間投詞のように「大名でもない父上」。
これを三度も連発するあたりは受け狙いでしょう。

故意に父である昌幸を怒らすことを念頭においた!
と思われる問いかけですよね。

これは・・たぶん。

あれはホームドラマの笑いを取るのと同じ感覚で
はないでしょうか。

次に、信繁が京都で徳川家康を裏切ったとされる
石川数正と顔合わせの場面。
ここでは石川数正が酒を飲み、荒れ放題です。
恨み節を聞きながらもなだめます。

その中で「裏切ってしまったのだから仕方がない」
と淡々と言い切るところがなんともお可笑しみが
あるところでしょう。

そして、そのあと「前に進みましょう」といなす
あたりはややでき過ぎと思いつつも。

「まあ、これもありか」と受け止めることに。

それにしても、三谷ワールドが時代劇に合うか?
どうかは別として、現代語の「わたし」が入った
会話でまとめるのは、不自然と思いながらも面白
いでしょう。

過去の例では、風習等の歴史環境に可能な限り。
忠実とされる平成24年の大河『平清盛』とは。
真逆の方向性を持っているように見えますけど。

これも親しみを感じさせるための演出かもしれ
ません。

ところで、この時の信繁は 19歳あるいは 20歳
ほどと考えられますし、一方の石川数正は 53歳
前後でしょう。

しかも、家康と数々の戦いをともにした強者(つ
わもの)です。

とても、そのような人物が若輩の信繁の話を聞き
入れて納得するとは思えませんが、これも三谷ワ
ールドのドラマの味でしょう・・か。

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ということで、ちょっと柔らかすぎる戦国時代劇
とは思いますが、夕方か夜の 8時台に見るドラマ
としては笑いあり、情にほだされるところありで
女性と若い視聴者の気持ちを掴むのだろうと。
なんとなく想像はします。

こんな感じでナントカカントカ、波に乗りました。
それでは、続いて、今度は歴史人物・石川数正を
見てみます。

真田丸 石川数正

石川数正は不思議な人物

この人物、古くは資料によると。
源氏の流れをくむとも言われる血筋のようです。

もともとは徳川家康の幕下の家臣団の一人であり
今川義元が敗死後、徳川の重鎮として動いていた
とあります。

戦(いくさ)場での武功も他と引けを取るような
ことはなかったとも。

また、織田信長が横死以後はですね。
家康と秀吉の間を行き交い外交を取り持つことに。

ですから、出奔の際は家康の考え、お家の事情を
知り尽くしていたのでしょう。

また、秀吉側への出奔はかなりの動揺を家康側に
生んだと思われます。
何と言っても、家康に対しての裏切り。

とはいえ、石川数正、どのような理由を持って。
秀吉のもとに走ったか。
それは定かでないとありますね。

ただ、定説、定見はないものの秀吉の状況を探る
べく近づいた説。
家康の長男「信康」が、織田信長に切腹を命じら
れる前までは、後見人をしていたことから。
「信康」を失った以後、家康と不仲になったため
とかの諸説あり!の様子。

もちろん、現代の人が知る由などないでしょう。

ところで、ずいぶん前の大河ドラマにですね。
『葵 徳川三代』がありました。

津川雅彦さんの演じる家康が秀吉側に降った!
石川数正に声をかける場面がありました。
ここでも出奔時の理由には、一切触れずじまいで
あったと思います。

もっとも、この場面はさほど重要なものではなく
歴史の一コマをサラッと流す!
それだけに見えましたから、奥行きは必要なかっ
たのでしょう。

ところが、今回のドラマストーリーでは徳川での
居場所を失った石川数正が秀吉側に走った部分を
拾い上げていますから
その点でやや広がりを持つメイキングストーリー
を用意へ。

そこで先ほどの信繁と語らう場面も用意したのか
もしれません。

いずれにしても、こうした人物を持ち上げてくる
ところは面白いところでしょう。

歴史好きには、楽しい一場面です。

なお、この石川数正は一応秀吉の頃に大名になり
ますが、長命ではなかったようです。
(1593年没とのこと。)

でも、関ケ原の戦いまで生きずによかったのかも
しれません。

生きていたら東軍、西軍、どちらにつくのかわか
りませんけど。

辛いでしょう!

ということで、第14回を見て。
いろいろと頭の中で描き直してみたのです。

徒然にこのように、では。

(オワリ)

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