「真田丸」・・武藤喜兵衛としての真田昌幸にも触れる! 三方ヶ原の戦いから『甲陽軍鑑』の武田武士を強調か!

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世相 雑談

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今回も『真田丸』に触れてみます。
第4回の真田丸を見て徒然にですね。

項 目

1 強い真田昌幸をあらわす!
2 徳川家康と武藤喜兵衛
3 『甲陽軍鑑』・・こんな感じ!

強い真田昌幸をあらわす!

第 4回の「真田丸」ではですね。
幾度となく。
武藤喜兵衛の名前が挙がっていました。

面白いところを衝いてくる感じです。
武藤喜兵衛をここで取り上げるとは。
ドラマの流れも、この点だけで「真田丸」前半は
草刈正雄さん演じる真田昌幸にかなり軸を置いた
ように映ってきます。

当然、主人公の信繁あっての昌幸でしょうけど。
それでも、さらっと昌幸を流す考えではないこと。
それを察するには余りあるでしょう。

ところで、武藤喜兵衛の名はいきなり出てきた!
そんな印象ですね。

注釈なしですから。
また、ドラマの視聴者も理解できたでしょうか。

そんな疑問を覚えながらも、ドラマを追いかける
と、その武藤喜兵衛の名は昌幸が家督を継ぐ前の
名であることは徐々にわかることに。

もっとも、武藤喜兵衛の名は『甲陽軍鑑』を初め。
史実として確かであろう!とする歴史の類書にも
ありますので、多少のデフォルメがあっても。
受け入れやすい内容でしょう。

そして、『甲陽軍鑑』に触れると昌幸は父の幸隆
兄二人(信綱、昌輝 長篠の戦いでともに戦死)
とともに武田二十四将に列せられる!とあります。

ですから、切れ者であったことは想像に難くない
でしょう。

家康には「三方ヶ原の戦い」で追われた相手です
から、あえてその点を強調するため、ドラマでは
武藤喜兵衛の名を連呼したのかもしれません。
(ここはまた後で、重複しますが・・。)

そこで、少々ウンチク語りのように続けますが。
真田昌幸が武藤喜兵衛を名乗っていた経緯は父の
幸隆の三男であり家督を継承する資格がなかった!

これが一番の理由と思われますが、同時に初めに
養子となった武藤家も武田信玄の母方の大井家と
関わる家筋であり、武田家中の一体化を強化する
意図もあったとも言われています。

ただ、なんとなく武藤家を継いだというわけでは
ないようですね。

ところで、武藤喜兵衛としての昌幸は 1561 年の
川中島の合戦(第 4次)に参陣しています。
そこで戦死せずに生き残っていますから、かなり
の武勇伝を若い頃から持っていた!
そのように捉えてもよいのでしょう。

話はそれますが、山本勘助との接点があったのか
など、興味を覚えるのです。
真田丸 武藤喜兵衛

徳川家康と武藤喜兵衛

その後の歴史の流れを追うと。
武藤喜兵衛は武田信玄が京へ上洛するための西上
行動を起こした時期に差し掛かると。
「三方ヶ原の戦い」で奮戦となります。

あえて、ドラマで、徳川家康(内野聖陽さん)が
本多正信(近藤正臣さん)に武藤喜兵衛の名前を
囁かれ、気にするところを演出しているのは。
そんな経緯を表現したいのでしょう。

NHK大河ドラマ 真田丸 オリジナル・サウンドトラック THE BEST [ 服部隆之 ]


ただ、この時に率いた兵馬は、騎馬 15 騎、足軽
30 人とありますからね。
足軽大将だったのでしょう。

すると、この規模では単独での追撃というよりも
集団の一部となり行動するしかないと思われます。

ですので、家康が武藤喜兵衛に個別に追われる?
というのは史実かどうか?
ちょっとクエスチョンかもしれません。

それでも、江戸期の創作であったとしても。
物語としては面白いでしょう。

ともかく、家康と昌幸は「三方ヶ原の戦い」「長
篠の戦い」、織田家滅亡後も複数の「上田合戦」
でも直接、間接を問わず対峙していますから。

これからますます昌幸の強さをドラマで見ること
はできそうです。

真田丸 武藤喜兵衛

『甲陽軍鑑』・・こんな感じ!

話変わって『甲陽軍鑑』はこんな感じ。

● 戦国大名の武田氏の軍学書
● 武田信虎、信玄、勝頼の三代に渡り
・・特に信玄時の武田家や家臣に関わる話
・・そして軍学等の資料

話膨らませる意図で、これもプラス。
第 5回は本能寺の変のアト。
徳川家康の伊賀越えがありますね?
予告ではかなり型破りな感じです。

(オワリ)

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