『生活保護世帯』の子弟の大学進学などへの政府支援の考え「補助金出す」に一石を投じた? 堀江貴文さんの言葉から考える!

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世相 雑談

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「そうかもしれない」

と思えること。

今回、ホリエモンこと堀江貴文さんの発する言葉から。
少々物議を呼んだ!と言われているものです。

ですが、言葉を噛みしめてみると。
それも一つの考え方であり、間違っているとは思えない
のです。

で、どんな言葉か、と言えば、これ。

既存の大学の枠組みを残すための税金の無駄遣い。
優秀な学生には返さなくてよい本当の奨学金がすでに
支払われている枠組みがあるんだから、優秀でもない
学生がわざわざ行くところではないのに補助金出すとか
マジおかしい

もっとも、こちらのツイッターでの表現から。

これは生活保護世帯の子弟の大学、専門学校への進学支
援に関し金銭支給を考慮した政府の方向性に触れ、自ら
の考えを表したもの。

ただ、この種の内容にはセンシティブなものがあるでし
ょう。

どうしても、人はまず『生活保護世帯』の言葉にロック
すると思うので、おそらくは、そこから物議、あるいは
物議もどきの状態に至ったと思うのです。

でも、別に堀江貴文さんはそうした世帯の子弟が「学ん
ではいけない」とは言ってはいませんよね。

一生懸命に勉強して周囲から認められるような生徒・学
生さんであれば、自ずと勉学支援の制度があるとも言っ
ていますから。

また、表現的には強いものもありますが。
たとえば、こちら。
「税金で高等教育をあまり役に立たない人に施すのは間
違ってると思う」

荒いようにも見えますが、中身は間違っていないでしょ
う。
それほど修学意欲がない者まで無理して、国が補助して
学び舎に入れることもない・・と。
それを言っているだけにすぎないと思うのです。

それに先ほども触れましたが、『生活保護世帯』の言葉
に惑わされているのではないか・・と。

何か、そうした世帯の子弟の修学機会を堀江貴文さんは
否定しているのではないかと。
そのように捉えている方もいるようですが・・。

それゆえに、可哀想との発想で反論されている方もいる
のかもしれません。

もっとも、物議の個々のやり取りはともかく、こうした
現象が起こるぐらい『生活保護世帯』の言葉はセンシテ
ィブな意味合いが強いのでしょう。

ですから、逆に国の予算要求の目的説明にはピッタシの
言葉とも思えます。
なぜなら、ダメと反論し難いでしょう。

そんな性格を帯びる言葉かと。
『生活保護世帯』・・です。

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そこで今の大学など、私立学校の入学者数の現状に触れ
ると。
今さら感のある話ですが、少子化の影響で毎年グングン
減っていると聞きます。

しかも『2018年問題』と呼ばれるものが私立学校にはあ
りまして、それは入学対象学生さんがゴソッと減って行
く様子のこと。

これは私立学校の経営状態の悪化を招きますよね。
しかも大きく招く一因として捉えられているのです。

当然、オーナーとしては看過できないでしょう。
また、教職員も仕事がなくなる危機かもしれないのです。

となれば、そうした視点で、一人でも多くの学生を集め
たい考えが生じる!
それは想像に難くありません。

もちろん、それを受けて、政府が「よし、わかった!」
となったのか、どうか、それはわかりませんけど。

私立学校の思いに合致するものではありましょう。

でも、それを見越すかのように。
堀江貴文さんは今日もツイッターでこの件に触れていま
す。

思わず、「そうなんですよね!」とうなづいてしまった
ぐらいです。

ということで、『生活保護世帯』の言葉だけで、あまり
ロックしない方がよいかと。

なお、今の政府・政権で経済産業大臣は世耕弘成氏です。
この方はあのマンモス大学の近畿大学の係累ですから。
当然、『2018年問題』もご存知でしょう。

となれば、『生活保護世帯』の支援のみならず、留学生
の受け入れなど、私立学校の存続に必要な施策は直接・
間接問わず、関わることがあっておかしくないですよね。

自らが望むと望まざるに関わらず、抗い難いものがある
ように思いますから。

ともあれ、いろいろなご意見、お考えはあるようですが
堀江貴文さんの言動、言葉に関しては、冷静に見たいと
捉えるのです。

今回もこのように徒然ながら。
では。

(オワリ)

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