上洛した真田昌幸の手に入れたもの・・本領安堵と家康方への与力仕事! 『真田丸』・・与力は不満か? 不満ありでしょう!

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世相 雑談

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『真田丸』第18回
「上洛」と「与力」の言葉に
いにしえの香りが漂うようです。

しかし、香りとは別に
真田昌幸、史実として腹立たしかった!
感想です。

項 目

1 いにしえの言葉の伝わり
2 真田昌幸・・はらわた煮えくり返る

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いにしえの言葉の伝わり

時代劇らしい言葉がドラマの中では続々と出てきます。
現代語の中で、妙な浮き上がり方に感じる時もありますが
響きはいいです。

まずは

 上洛

こちらは知らない人がいないくらい
一般的な用語に見えますが、基本的に・・京都に上ること。

 『洛』

は中国の後漢(魏、晋等)の都「洛陽」をイメージしたもの。
要は中国風にもじっていると解釈すればよいのでしょう。

ちなみに前漢は「長安(西安)」であったため
京都の右京と左京をそれぞれ「長安(西安)」「洛陽」
・・と呼んだという説もあり。

ただ、いまだに『洛』は残り、京都に行くと
これを意識する人もいます。

由来はさておきも、言葉の響きは耳ざわりの良いものです。

そして、次に

 与力

これは江戸時代のものとは異なり
戦国時代後期は結構大きな力を持っていた存在のようです。

どうも軍権・兵権を預かっていたような立場。
今風に言うと、大きい者であれば「師団長」格

あるいはそれより小さくなれば「連隊長」格
・・ということになるのでしょう。

基本的に在地の土豪、地侍を束ねた長(おさ)が
これに該当するように見えます。

ただし、行政権まで差し出すことはなく
領国、領地の行政権は独立して持っていたようです。

真田丸 上洛

真田昌幸・・はらわた煮えくり返る

ということで
ドラマの内容に戻りまして
第18回の「上洛」です。

とうとう、真田昌幸は徳川家康の「与力」を
秀吉から命じられます。

あたりまえですが
戦国時代を直接目にしたことはないので
その時代の人々の心の動きはわかりませんが

ただ、現代に置き換えてみると
とても承服できるものではなかったでしょう。

つい近々まで、刀、刃物を振りかざして
戦っていた者同士が、仲良く手を携え軍権をまとめよ!
・・ということですから。

しかも
立場的に家康は地方軍の

 軍司令官

昌幸はよくても

 師団長

一度は上田城において撃退した相手の
下瀬に立つなどということは
受け入れ難いものがあった・・と思われます。

いくら東信濃、上州北部の行政権を
独立して持ち得たとしても

軍権、兵権は、事実上反乱でも起こさない限り
家康に握られたのと同じと考えたでしょう。

そのあたりの苦々しさを、草刈正雄さんも
まさに苦虫をかみつぶしたような顔をして
表現していたようです。

この状態を臥薪嘗胆?
肝をなめたような顔が多かった?

この苦渋に見た真田一族がどのように
秀吉存命中を駆けていくのか
今後の流れが楽しみなところです。

ところで
秀吉は太政大臣に登り詰めましたから

そろそろ、1590年小田原攻め・・。
徐々に戦国末期のクライマックスに突入のようです。

北条氏政、氏直親子の動きは如何に・・。

(オワリ)
真田丸 上洛

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